これは、名古屋から来た一人の参加者がCloudNative Daysのスタッフになったお話。
ホワイトボードを眺めていた。余り書き込みもなく、まだスカスカで名前の通り真っ白だ。予定より早く会場についてしまったため同僚を待っていたのだが、通りかかったスタッフから声をかけられた。
「書きます?なんでも書いていいですよ」
ホワイトボードにはまだ少ないながら、いくらか企業名らしきものや連絡先が書いてある。なるほど。
「○○株式会社、技術者募集中!」
●
私は会社の命を受けてこのイベントに参加している。名古屋にあるその会社は、ITのわかる人材がいないことに悩まされ続けていた。名古屋に拠点を置いていると、どうしても東京に比べIT人材との出会いが少ないように感じられる。そんな折、同僚が「だったら東京のITカンファレンスに出て、懇親会でスカウトしたらいい」と上司に提案、そのまま採用されたというわけだ。
直近で開催されるイベントは、CloudNative Days Tokyo 2023 。クラウドはうちでも使っているし、ネイティブという響きからも詳しい人の多かろうことがうかがえる。そこで同僚とこの会場まで足を運んだのだが、ホワイトボード、何を書いても良いとはいえ会社名や従業員募集なんてことを書いても良かったのだろうか。あとで叱られたりはしないだろうか。まあいい、今日は会社名を広め、あわよくばIT人材をスカウトすることが目的だ。
カンファレンスのタイムテーブルを見ると、Kubernetesという単語が散見される。見たことがあるぞ、良く「ワカラン」と言われるやたらと難しいやつだ。ちょっとはITをかじっていた同僚もそんなことを言っていた。
自分でも実際にその単語を調べて来た。うちの会社の商材のどこに使えるのかはさっぱりだったが、こうして残業時間を使って予習もしてきたし、セッションの内容も少しは理解できるだろう。そのような期待を込めて席に着く。話を聞く。終わったら、次の部屋に移動だ。また話を聞く。
ちっともわからない。もちろん登壇者たちは素晴らしい発表をしている。素人目にもそのくらいはわかる。質疑応答でも活発な意見交換がなされている。その内容を聞いて、ますますわからなくなる。焦り。出張報告書を書く自信すらなくなっていく。一体何が足りないのだろうか。知識?経験?セッションが次々と終わっていく。参加者たちは有意義な時間を楽しんでいる顔をしている。私は、私も、同じ顔をする、しようとする、誰に対してともなく。
どうしよう、何をするべきか思い出せ。私は「スカウト」をしに来たのだ。そうだ、名刺を配ろう、これだ。ブースを回る。有名企業だ、名刺を渡そう。知らない企業だ、名刺を渡そう。付き合いのある企業だ、名刺を渡そう。名刺を、名刺を、名刺を…
●
一日目の終わりは懇親会が行われる。スカウトするなら学生が狙い目だ、フリーな人はどれくらいいるだろう、小粋なトークも準備してある、あとは「お疲れ様です」と声をかけるのみ。ごった返す人々の隙間を縫って歩き回り、談笑しているグループの隙を伺い、声をかけるタイミングを待つ。当然ながら話題はセッションの内容やその周辺のこと。そうでなくても共通する仕事の話題だ。
盛り上がっている輪の中に、いつまでたっても入れずにいた。時々声をかけてくれる人もいた。しかし会社の話には興味を持ってもらえない、会社の紹介をしても手応えは薄い。これ以上何をしたらよいのかと、話し疲れてしまった私はカップを片手にぼーっと突っ立っていた。
「こんばんは!何か興味のある内容はありましたか?」
不意に声をかけられ、反応が遅れる。疲れた身体に油断を羽織った私は、本来の目的を忘れて素直に返事をしてしまった。
「プラットフォームエンジニアリング、初めて聞いた単語でして、しかし内容はとても共感できるもので…あー、実は私、本当にど素人でして、正直あまり細かい中身はわからないのですが」
こんなんじゃダメだ、無知をさらけ出しているだけではないか。だが今更取り繕うのも面倒だし、聞き流そう、どうせ難しくてわからない話をされるだけだ。
「そうでしたか。それなら、今一番楽しい時ですね」「楽しい?」
この疲れている姿が、楽しい?
「えぇ、これから色々と導入していくことになるんですよね?色んな作業が楽になるし、効率化する。やった結果が目に見えるから、楽しいんです。しかも最初なんて効果がとても大きいので、きっと驚くと思いますよ」
羨ましいなぁ、と冗談を言うその青年の目はキラキラと輝いていた。
その後は青年に導かれるようにセッション内容やこの界隈の話題で盛り上がり、その中でいくつか質問をすることもできていた。理解できたことも、少しはあった。そしていつの間にかこの技術をもっと知りたくなっていた。青年の解説がわかりやすかったのも大きな要因ではあるのだろうが、なぜか自分でもやってみたいと思い始めていた。しかし、では一体どうしたものか、何から始めたものか、右も左もわからない状況だ。誰か捕まえて聞き出すか?師匠でも探そうか?
会場に広がる縁もたけなわな雰囲気、懇親会も終わり間際にチェアマンの声が響く。
「CloudNative Daysではスタッフを募集しています!」
ステージ上には、さっきの青年と同じ目をしたチェアマンが立っていた。周りのスタッフも同じだった。なりたい、あのような目をしてみたい。私に足りないのはトーク力でも知識量でもなく、きっとあの目だ。懇親会が終わった後、ホワイトボードの前で声をかけてくれたあのスタッフを見つけ、声をかけた。
「スタッフ、やらせてもらえませんか?」
●
2024年の冬、私は「ゆるカフェ」コーナーに立っていた。瓶コーヒーを配る係。いらっしゃいませと声をかけ、スポンスポンと蓋を開けていく。CloudNative Days Winter 202 4 は配信もされているので、お客さんがいない時ならこっそりとスマホでセッションを見ることができる。去年は一人で席に座って、今年は仲間とスマホを囲んで。
相変わらずクラウドネイティブのなんたるかはわからない。なんなら何も効率化していない。だがこうして仲間とセッションを聞くことで、何が凄いのか、何が嬉しいのか、その生の声を直接聴き、学ぶことができる。そして何より、「 仲間とイベントを作り上げることがとにかく、楽しい 」。前の年に話しかけてくれた青年は「効率化するから、楽しいですよ」と言っていたが、半分はアタリ、半分はハズレのようだ。
もう一本、瓶コーヒーの蓋が、スポンと音を立てた。
●
あとがき
CloudNative Days実行委員の ぼらん です!
このお話しは、ちょっとだけフィクションが入っていますが、ほとんどがホントの話です。実行委員一同、本気の目をして取り組んでおります。参加して頂く皆様に満足して頂けるよう誠心誠意頑張りますので、まだ参加登録をしていない方は、ぜひご登録を お 願いいたします!
私たち実行委員の 仲間も募集中です!! クラウドネイティブについて詳しくない?私もです!Kubernetesを触ったことがない?私もそうでした!「ともにスケールする」ことには、まだクラウドネイティブを知らない人を巻き込むことも含まれています。詳しくない、触ったことがない、そんなあなたが仲間になってくれることこそ、日本のクラウドネイティブの成長を促すことになります。そうでなくとも単純に楽しいし、なんならクラウドネイティブの勉強をするモチベーションを保つこともできますよ!
さぁ一緒に、日本のクラウドネイティブの文化を成長させてみませんか?